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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4656号 判決 1970年11月30日

原告

和歌山事務器販売株式会社

代理人

中安理

大畑浩志

被告

藪田修次郎

主文

当裁判所が、昭和四四年(手ワ)第一〇五一号約束手形金請求事件につき、昭和四四年八月五日言渡した手形判決は、これを取り消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、被告において、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の申立をし、次のとおり付加訂正したほか、すべて手形判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被告は、次のとおり述べた。

一、手形訴訟において主張した抗弁を撤回する。

二、被告は訴外鵜川文吉に対し、割引方を依頼して本件手形を交付したところ同訴外人の割引金を被告に交付せずにその行方をくらましたものであつて、被告の本件手形振出については原因関係を欠くから、被告には本件手形金を支払う義務がない。

三、相殺の抗弁

(1)  被告は、左記約束手形一通を所持している。

金額 四一三、〇〇〇円

満期 昭和四四年一月二〇日

振出地 東京都新宿区

支払地 同都豊島区

支払場所 大洋信用金庫長崎支店

振出日 同四二年九月二〇日

振出人 大洋建設株式会社

受取人 被告

第一裏書 (白地式)人 被告

第二裏書 ( 同 )人 原告

第三裏書 (取立委任)人 島田安一

第三被裏書第四 裏書 ( 同 )人 大阪信用金庫

第四被裏書 ( 同 )人 大洋信用金庫

右第三裏書以下は抹消ずみ

(2)  右手形に被告が第一裏書をした経緯は次のとおりである。即ち、被告は、昭和四三年九月下旬、訴外鵜川文吉から、当時、受取人を白地とし第一裏書欄空白のまま、第二裏書欄に原告が白地裏書をした右手形を交付の方法により譲渡を受けたので、被告において、右受取人欄に被告の氏名を補充し、かつ第一裏書(白地式)をしたうえ、これを訴外島田安一に交付の方法により譲渡したものである。

(3)  そして、右手形は最終取立責任者たる訴外大洋信用金庫において、満期日に支払のため支払場所に呈示したところ支払を拒絶されたので、被告は訴外島田から右手形を交付の方法によつて譲り受け、同訴外人以後の裏書を抹消して再度手形上の権利を取得した。

(4)  右手形流通の経緯は以上述べたとおりであつて、裏書を形式からみれば原告が被告の後者であるけれども、これを実質的にみれば原告が被告の前者にあたり、従つて被告は原告に対し右手形金を請求することができるわけである。よつて、被告は、昭和四四年五月一九日付、同日到達の書面をもつて、被告に対し、右手形金債権と本件手形金及び利息金債務を対当額において相殺する旨の意思表示をし、これにより本件手形上の債務はすべて消滅した。

原告は、被告の右抗弁に対し、次のとおり述べた。

「一、被告主張の約束手形に原告が裏書した事情は次のとおりである。即ち、原告は訴外鵜川文吉に対し貸金債務を有していたところ、同訴外人がその弁済のため被告主張の手形を受取人白地のまま原告に交付の方法により譲渡したので、これに第二裏書(白地式)をしたうえ、第一裏書欄に同訴外人の裏書をすべき旨を指示し、かつこれを原告の訴外東洋事務器株式会社に対する買掛金債務支払のため、右訴外会社に届けるよう依頼して、同訴外人に預託した。ところが、右訴外会社において右手形の受領を拒んだので、原告は訴外鵜川に対し、原告がした第二裏書を抹消せよと指示し同訴外人もこれを承諾しながら右抹消をせずに被告に譲渡して横領したものであり、被告は右事実を熟知しながらこれを取得したのであるから、右手形上の権利を取得したとはいえず、従つて相殺の効力がない(右手形が満期日に被告主張のとおり呈示されたが、その支払が拒絶されたことを認める。)

二、被告主張の手形裏書関係については、原告は被告の前者であつて後者でないことは、被告の主張自体からみて明らかであるから、原告は被告に対し遡求義務を負担せず、従つてこの点からいつても被告の相殺の抗弁は失当である。」

証拠<略>

理由

二、請求原因事実は被告の自白するところである。

三、被告の二の主張は、それ自体理由がない。

四、よつて、被告の相殺の抗弁について判断する。

(1)  被告が、その主張の約束手形一通(以下自働手形という)を所持していること、右手形に原告が第二裏書(白地式)をしていること、及び右手形が被告主張のとおり呈示されたが支払を拒絶されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、被告がその主張のとおり、右自働手形金債権と本件手形金債務を対当額において相殺する旨の意思表示を原告に対してしたことは、原告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

(2)  そこで、右自働手形譲渡ならびに原被告各裏書の経緯について考えてみるに、<証拠>を考え合わせると、原告が、訴外鵜川文吉から、同訴外人に対する貸金債権の弁済を受けるため、本件自働手形を受取人白地のまま交付の方法により譲り受けたので、その第二裏書欄に白地式裏書をしたうえ、右訴外人に対し、第一裏書欄に同訴外人の裏書をすべき旨を指示し、かつ、これを原告の訴外東洋事務器株式会社に対する買掛金債務支払のため右訴外会社に届けるように依頼して預託したところ、同訴外会社において右手形の受領を拒んだので、訴外鵜川に対し、原告の第二裏書を抹消すべき旨を指示し、かつ手形を原告に返還するよう要求したのにかかわらず、同訴外人が原告の右指示要求に従わず、また第一裏書欄に自己の裏書をしないまま、自己の被告に対し負担する立替金債務金四〇万円の支払のため、前示のようないきさつから手形を所持している事情を秘して、被告に対し右自働手形を交付の方法により譲渡したこと、被告は右訴外人に右手形上の権利があるものと信じて自働手形を取得し、これを訴外島田安一に譲渡するにあたり、受取人を訴外鵜川と補充して同訴外人に第一裏書をさせることは、同訴外人に信用がないため却つて手形自体の信用をそこなうおそれがあると考えたため、自から第一裏書欄に白地裏書をするとともに、受取人欄にも被告の氏名を補充して、交付の方法により訴外島田に譲渡したこと、右自働手形が不渡りとなつたので、被告は訴外島田からこれを買い戻し、同訴外人以後の裏書全部を抹消したことがそれぞれ認められ、右認定を動かすに足る証拠がない。

そうすると、本件自働手形は、原告が訴外鵜川によつて横領されたというべきであるけれども、被告が悪意又は重大な過失によりこれを取得したとはいえない。従つて、原告の再抗弁一の主張はこれを採用することができない。

(3)  原告は、本件自働手形の裏書については、原告が被告の後者であるから、前者である被告には原告に対する遡求権が生じないと主張するので判断するに、本件自働手形になされている裏書の順序からみると、原告が被告の後者であるといわねばならないのであるが、真実の流通過程からこれをみると被告が原告の後者であることは前示認定のとおりである。

ところで、一般に裏書人が戻り裏書を受け、若しくは、後者の裏書を抹消して交付を受ける方法により、再度手形の所持人となつた場合においては、いわゆる中間裏書人(抹消されずに残された者)に対し手形金の遡求権を行使することができないのであるが、その理由とするところは、この場合所持人に対し中間裏書人に対する遡求権を認めてみても、所持人は中間裏書人の前者として、中間裏書人に対し遡求義務を負担しているからにほかならない。従つて、裏書人が中間裏書人の前者となつていても、裏書の原因関係を欠くなど中間裏書人に対し遡求義務を負担しない関係にあるときは、再度手形の所持人となつた裏書人も、中間裏書人に対し遡求権を行使し得ると解すべきである。

これを本件自働手形の裏書関係にあてはめて考えると、訴外島田から右手形不渡後前示の方法により右手形の再度の所持人となつた被告は、裏書の形式的な順序からみれば、原告の前者にあたるけれども、原告に対しなんら裏書人として遡求義務を負担しているものでないことは前示認定によつて明らかであるから、前説示の理由により、被告が、訴外島田の有した原告に対する遡求権を譲り受けた者として、原告に対し、本件自働手形金の請求権を有するといわねばならないわけである。

そうすると、本件手形金についての支払命令が被告に送達された後であることが記録上明かな昭和四四年五月一九日、被告がした原告に対する相殺の意思表示により、本件手形金債権と本件自働手形金債権とが対当額において相殺されたといわねばならない(右自働手形金額が受働手形金額より著しく多額であるから、相殺にあたり自働手形の交付は必要でないと解すべきである。)

四、してみると、被告は原告に対し、本件手形振出人としての債務がないわけであるから、これあることを前提として原告の請求を認容した手形判決は失当として取り消さるべきものであり、原告の請求は失当として棄却されねばならない。

よつて訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する、(下出義明)

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